臨床について
疾病、障害を持つ方、全てがリハビリテーションの対象なので、リハビリテーション科医師にとって適切な診療を行うことは大変です。様々な疾患に対応しなければならず、 幅広い知識と技術が必要となります。幅広いだけではなく、さらに、障害そのものから起こる特殊な病態もあり、 疾病そのものだけを診るのではなく、「全身を診る」Whole Bodyの観点から対応するためには多くの知識と技術が必要です。診療の基本はどのような疾患であれ、正確な理学的所見と診断です。したがって、常に全身を視野に入れ、病気ではなく病人をみる姿勢で診療を行えば、幅広い知識と技術は自ずと身につきます。 和歌山県立医科大学リハビリテーション科の医師は、そのような観点で患者さんを診るようにトレーニングされています。 さらに、身体機能改善、日常生活能力改善、社会復帰のために障害に対する様々なリハビリテーション技術も持っています。さらに、障害に対するプライマリケアおよび医学管理を行ない、障害者のかかりつけ医としての役割を果たしたいと考えています。障害のさらなる悪化を防ぎ、障害者を全身的に診る事が我々リハビリテーション科の大きな役割の一つです。
安静・臥床の弊害の理解
リハビリテーションをするに当たり、その対極である安静と臥床が如何にヒトにとって有害であるかを認識する必要があります。安静とは、無動・不動あるいは低活動であり、例えば急性期の安静や骨折部位のギプス固定も含まれます。臥床とはヒトの長軸方向に対する重力負荷が無くなった状態のことです。ヒトは立位に対応するための循環機能、運動機能を発達させましたが、長期間安静・臥床状態におかれると、その能力を失います。抗重力筋は委縮し、関節は拘縮します。安静臥床という環境に適応してしまった患者を再び急に離床させようとしても、当然、関節が拘縮して運動機能が低下してしまいます。自律神経も失調し、起立性低血圧を起こし、動いてもすぐに息切れしてしまう。ゆえに、ほとんどの疾患において、安静が必要でない部分に対しては出来る限り活動させ、刺激を与えることが肝要です。ただし、急性炎症の状態や診断がついていない状態はその限りにありません。診察と検査により、適切な診断がついた状態で可能な限りの負荷をかけます。 我々は、「安静臥床は麻薬である」と考えています。その時は気持ちよく、患者さんも医療者も楽ですが、後になって、その弊害から抜けだせなくなります。
チーム医療
リハビリテーションはチーム医療です。そのために、チーム全体で同じ理念で治療に取り組みます。職種による貴賤は存在しません。もし、医師が安静臥床を指示しても、患者さんのために起立歩行訓練が必要なら、その事を議論しましょう。どちらが正しいかは、どちらが患者さんの利益になるかで決まります。
疾患毎のリハビリテーションについて簡単にご説明します。
脳血管障害:
発症とともにリハビリテーションは必要です。脳血管障害のリハビリテーションは発症24時間以内に座位、起立訓練を行います。診察の結果により、装具療法も行います。とにかく、発症と同時の積極的なリハビリテーションが第一です。 しかし、急性期を過ぎ、回復期病院へ行ってもどうしても結果が出なかった時も、主治医先生の紹介状を持って、受診して下さい。重症であっても、可能性を検討いたします。
以下に、和歌山県立医科大学での脳血管障害におけるリハビリテーションについて日本リハビリテーション医学会で発表した抄録でご説明いたします。
脳血管障害患者に対する急性期リハビリテーション施行の実態と日常生活動作の変化
【はじめに】当院は急性期病院であり、脳血管障害患者に対し発症直後から積極的に急性期リハビリテーション(リハ)を開始している。今回、当院における脳血管障害急性期リハの実態を把握し、リハ開始時と退院時の日常生活動作の変化を示すために、当院でリハ依頼があった脳血管障害患者を調査した。【対象と方法】平成20年4月から平成21年3月までに、リハ依頼があった脳血管障害患者314例(男性190名、女性124名、平均年齢71.8±12.0歳)を対象とした。調査項目は診断病型、リハ処方までの日数、リハ実施期間、リハ開始時FIM、退院時FIM、脳血管障害再発の有無とした。FIMに関しては、退院時FIMが評価できた171名を対象に分析した。【結果】診断病型は脳梗塞63%、脳出血32%、くも膜下出血5%であった。リハ開始までの平均日数は3.2±3.4日であり、約6割が発症後2日以内に開始されていた。リハ実施期間は平均19.8±19.2日であった。リハ開始時FIMは55.5±36.3、退院時FIMは71.0±38.5で、有意に改善していた(p<0.05)。リハ開始時と退院時のFIMの変化は、改善70%、変化なし18%、低下12%で、FIM低下の原因は、熱発や手術施行によるリハ中止例、再発例など、全例で積極的な坐位立位訓練が実施不可能であった。脳血管障害再発は全例で訓練を実施しない日に起きていた。【考察】FIMの改善は脳血管障害に対する治療により達成されていることは言うまでもないが、発症直後から坐位立位歩行訓練、ADL訓練を中心としたリハを展開させることで、急性期のわずかな期間でもADL改善が得られることが分かった。
頚髄・脊髄損傷:
胸・腰髄髄不全損傷者の生命予後は健常者にかなり近づいてきました。しかし、頚髄完全損傷者の生命予後は改善が見られるが低い状態といえます。影響する因子としては、急性期の呼吸器合併症・神経因性膀胱による腎不全・褥瘡感染による敗血症・心疾患が挙げられます。すなわち、頚・脊髄損傷を熟知した医師が急性期から治療に当たることが生命予後改善の第一歩であるといえます。 脊髄損傷は運動・感覚神経麻痺のみならず自律神経麻痺を合併し、その理解のもとで全身管理をしつつ発症と同時に積極的なリハビリテーションを導入しなくてはなりません。つまり、リハ科医が急性期から全身を考慮し、「正確な診断」に基づいた総合的な医学的管理が必須といえます。その中で、重視されることが、呼吸・膀胱機能の評価と管理と、褥瘡予防を含めた安静臥床の排除です。リハにおいては残存筋力の徹底的な強化を図り、単位数の枠にとらわれない長時間にわたる強力な運動療法と作業療法が必須と考えます。家庭および社会復帰には、精神面でのサポートが欠かせず、早期からのピアサポートが有用です。生涯を通じて健康維持のために障害者スポーツへの参加促進は強く推奨されます。エビデンスはないが、リハ科医による定期的な医学的診察と検査により生活習慣病対策と癌検診を行うことで、生命予後の一層の改善が期待できます。
四肢体幹変形切断
四肢・体幹の機能障害を軽減するために使用する補助器具を装具orthosisと呼びます。それを利用した治療法を総称して装具療法といいます。装具は医師が患者を診察し、医学的に適切なものを処方します。症状や病期に応じて装具は選択されるので、薬と同じといえます。同じ患者でも時期を逃さず、必要な装具を処方するためには、装具の種類を知っておかなければなりません。 四肢の欠損部分の機能を補う装置のことを義肢prosthesisと呼び、義手upper extremity prosthesisと義足lower extremity prosthesisがあります。この義肢の使用に関しても、熟練し、経験の豊富なリハビリテーション科が診察の上、熟練した義肢装具士が制作し、腕の立つ理学・作業療法士が訓練指導いたします。
循環、呼吸器、腎疾患
これらの疾患は一般にリハビリテーションの良い対象となります。いずれにおいても、まずは診察を受け、検査した上でリハビリテーションを行います。 まず、循環器疾患について概略します。非常に幅の広い疾患群ですので、闇雲なリハビリテーションは勧められません。しかし、医師が診察・診断した上での運動療法は各種心疾患や末梢動脈疾患(PAD)に有効であることが証明されています。特に、狭心症・急性心筋梗塞などの虚血性心疾患は経皮的冠動脈形成術(PCI)が行われますが、その後のリハビリテーションも必須です。また、大まかに診断される「心不全」も、その原因疾患がいわゆる「弁膜症」の一部を除き、運動療法が有効なことが知られています。われわれは、年間50例以上の心大血管リハを行い、ADLの有意な改善を達成しています。 次に、呼吸器疾患ですが、運動療法の有効性が証明されている慢性閉塞性呼吸器障害(COPD)についてご説明します。本学第三内科はCOPD治療に関しては全国トップレベルであり、その運動療法はわれわれが担当しています。世界保健機構とNHLBI(米国心臓、肺、血液研究所)がCOPD治療の共同プロジェクトを企画し、世界中の医療専門家が協力しています。それはGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)と呼ばれ、治療指針を示しています。それによると、軽症の時から呼吸リハビリテーション導入が推奨されています。 腎疾患も多様で、画一的な説明は難しいのですが、近年の研究では、血液透析導入後、運動療法の導入により患者さんのADLが改善・維持されることが示されています。
最後に
本学リハ科初代教授上好昭孝先生の路線を引き継ぎ、産業医科大学リハ医学講座初代教授緒方甫先生の患者様第一主義に乗っ取り、浜松医科大学整形外科教授長野昭先生の「必死に患者さんを診る」という強い気持ちで臨床に取り組みます。