ホーム » 社会的貢献

社会的貢献


東日本大震災への派遣報告

平成20年1月20日

那智勝浦町立温泉病院に設置される観光医学講座附属研究所所長としての抱負

和歌山県立医科大学リハビリテーション医学教授 田島文博

 観光医学講座附属研究所長候補者となりましたことをうけて、本研究所設置の必要性とその内容、そして、何故、リハビリテーション医であるわたくしがこの研究所の設置運営に積極的に取り組みたいかという考えの概略を述べさせて頂きます。

   まず、この研究所設立に対してわたくしが強い意欲をもって取り組もうとしている総論的理由を御説明いたします。

 ご存じの通り、和歌山県は多くの過疎地域を抱え、和歌山市をのぞく県全域が医療過疎に悩んでいる状況です。南條学長は大学運営の指針として「社会・地域貢献のできる、開かれた大学創り」をあげています。そのため、われわれは医科大学附属病院を皆様地域医療に貢献する医療センター機能充実に日夜努力しております。しかし、過日知事からも強く要望されています和歌山県における医療過疎問題への対応のためには、和歌山市内の附属病院機能充実だけでは限界もあります。このような非常事態においてわれわれは附属病院から過疎地域に医療活動の場を移し、直接地域医療貢献をすることも県立医科大学の一つの使命であると考えます。

 しかし、研究・教育者でもあるわたくしにとっては、医療だけでなく、教育研究も職務です。いくら医療過疎問題対策が急務であるといっても本務をおろそかにすることは出来ません。  幸いなことに、医学におきましては、臨床の場における教育と研究が重要で、それらを切り離して考えることは出来ません。過疎地域での医療そのものは若い医師にとって効果的な教育の場となります。

 同時に過疎地にいても最先端の知識に触れ、自らも研究を遂行できる環境は重要であると考えます。それを提供することはわれわれ教育者にとって責務でもあります。さらに、現在のインターネットの発展は過疎地域でも最新の医療知識に触れることが可能で、大学とネットでつなぐことにより講義を共有することすら可能です。もはや僻地を理由に教育が不可能であるという時代でなくなっていることも研究所設立の大きな理由です。

 誤解を恐れずに言い切れば、我々は単なる医師不足に応えるためにこのプロジェクトを推進するわけではありません。大局的にみて、魅力ある地域医療を構築し、ひいては若い医師に魅力ある臨床と研究の場を提供することが医療過疎問題解決の糸口になると考えます。以上がこの研究所の設立とわたくしが活動の場を那智勝浦に広げる主たる理由です。  次に、何故リハビリテーション医のわたくしが今回のこのプロジェクトの中心として参加するかの理由を申し上げます。

 まず、第一に那智勝浦温泉病院が伝統的なリハビリテーション病院であることがあげられます。リハの設備は整っていますし、優秀な理学療法士も配備されています。地域リハビリテーションを展開する条件が整っております。同時に、現在の医療制度の中では、新宮医療センターと役割分担をし、整合性も図れるという側面もあります。

 次に、わたくしのリハ医としての理念「患者様第一主義」に照らし合わし、那智勝浦病院での医療はわれわれリハ医の技量が活用できる場であると確信するからです。

 他の診療科と異なり、リハビリテーションは診療科としての基本となる臓器を持ちません。あらゆる障害を持った方に対して、必要とする医療を提供することが基本です。わたくしはこれをWhole body(全身)の医療と表現しています。もちろん、臓器別の問題を解決するためには専門医の診療が必要ですし、高度救急のためには高度医療センターも必要です。那智勝浦には新宮医療センターもありますし、和歌山県には全国に誇るドクターヘリも整備されています。したがって、那智勝浦病院の役割は一時救急と「地域住民が日々必要とする医療」です。われわれリハ医は診療科の枠を超えて、救急から生活習慣病・運動器疾患の診療は必須な項目であります。わたくしはリハ医に必要な医療を「コンビニエンスストア的」と表現していますが、これは、品目にとらわれず、日々の生活に必要なものえお取りそろえるという意味です。このようなスタンスは那智勝浦温泉病院で必要とする医療の基本でもあると考えております。同時に、日本リハ医学会理事の立場で申し上げますと、リハ医が臨床医としても皆様のお役に立てる医師であるということを知って頂く良い機会であるとも期待しております。

 次に研究項目に関するご説明をいたします。  まず、はじめに申し上げておきたいことは、現在町立温泉病院院長の待井隆志先生が大阪大学医学部で長年にわたり教育研究にご尽力された一流の研究者あることです。そのため、研究に対する基本姿勢に大変恵まれております。

 本研究所の研究の方向性を決めるに当たり、まずは「総合的にヒトを研究する」という点を基本とする方針にいたしました。なぜなら観光医学は主としてヒトを対象とするからです。近年の医学の方向性はより分子レベルでの生命科学に主軸をおいています。これは当然のことで、多くの疾患の原因究明や治療法の開発のためには欠かせません。しかし、同時に、ヒトが多くの臓器からなり、それらの機能を統合コントロールする調節系が重要な役割を果たしていることも事実です。現在の医学においては、患者様を単なる臓器の集合体ではなく、その社会的背景も含めた一人の確立した「個」として理解し、研究する事が重要であると考えます。もちろん、研究の発展と共に動物実験や分子レベルの研究の必要性も出てまいるでしょうが、その時は医大本体の研究所との連携を図りながら進めて行きたいと考えます。現時点では、ヒトを主な対象とした総合的な応用生理学的研究を行う所存です。

 次に、観光医学の研究領域は多岐にわたりますが、その中でも、本研究所をスポーツ・温泉療法研究所とし、スポーツを主とした運動と温泉療法を研究対象の主眼とした理由についてご説明いたします。

 まず、那智勝浦町が全国有数の温泉を主とした観光地であることです。そして、那智勝浦町立温泉病院のある東牟婁医療地域は多くのプロ野球選手をはじめとしたスポーツ選手が調整や練習のために長期滞在する地として有名な場所だからです。したがって、スポーツを中心とした運動生理学的研究を主軸の一つといたしました。

 同時にわたくしの最も得意とする研究分野が障害者スポーツの医学的研究であることも付記させて頂きます。わたくしは研修医時代から障害者スポーツの医療面と研究面に参加しておりました。日本の障害者スポーツの草分けといえる大分国際車いすマラソンにおきましてはフルマラソン導入時からメディカルチェックと多くの選手の体力測定を行いました。現在も日本障害者スポーツ協会医学委員会副委員長を拝命しています。この経験も十分本研究所の運営に生かせると考えています。

 温泉医学研究に関しましては、わたくしのライフワークの一つです。まず、全身浴をモデルとした頚まで水に浸かる「頚下浸水」に関して研究いたしました。頚下浸水時の運動負荷、体温の影響、体液調節を詳細に検討しました。その後、リハ対象者に多い高齢者の頚下浸水に対する生理的応答を研究いたしました。その結果、高齢者と若年者では頚下浸水時の循環・内分泌系応答が異なり、高齢者では腎機能を異なる機構で体液調節することを明らかにいたしました。さらに、様々な障害者を対象として、頚下浸水を負荷し、研究成果を積み重ねて参りました。特に、全身浴により下肢の体積が減少するというデーターはNASAでも注目され、共同研究を行っております。これらの研究を大学院より継続して行っております。

 以上のようにわたくしは、これまでスポーツを中心とした運動と温泉療法に代表される物理療法について研究を重ねてまいりました。これらは言うまでもなくリハビリテーション医学の中心であります。そして、観光医学のブランチの研究所としての役割を考えるとこれらの研究は観光医学の基礎研究と共通しております。そのために本学リハビリテーション医学の田島文博がその研究所長として指名されたと考えております。

 わたくしは、この恵まれたフィールドで若い医師と膝をつき合わせ、診療と研究に打ち込めば、それが素晴らしい教育効果となり、必ずや多くの素晴らしい医師を排出するのではないかと期待しています。
那智勝浦
地域貢献

 和歌山県は多くの過疎地域を抱え、和歌山市を除く県全域は医療過疎に陥っています。和歌山県立医科大学は県内唯一の医科大学として、直接地域医療貢献を行うことも1つの使命であり、また過疎地域での医療そのものは若い医師にとって効果的な教育の場となります。しかし、同時に過疎地にいても常に最先端の知識に触れ、自らも研究を遂行できる環境は重要と考えられます。 そのため、和歌山県立医科大学は、平成20年4月に那智勝浦町立温泉病院内に和歌山県立医科大学健康増進・癒しの科学センター、スポーツ・温泉医学研究所を設立しました。初代所長として当教室の田島文博教授が就任し同時に研究所の研究員として、また同院での常勤職員として当教室員の医師2名、理学療法士1名が赴任しました。 研究内容としては、1.温泉療法の医学的効果の研究 2.運動生理学 3.自律神経生理学  4.障害者の生理学、運動生理学 5.アスリートスポーツサポートに対する研究 6.障害者スポーツサポートに対する研究 などを中心として、現在に至るまで博士課程、修士課程で数多くの研究を行い海外雑誌に論文発表を行っています。また、同研究所は和歌山県立医科大学大学院修士課程、博士課程の学生に対する大学院講義がインターネットを利用したe-learningで行う事ができ、大学から遠く離れた地でも大学院生として研究、学問が可能となっています。

臨床面では、医療過疎地における地域の基幹病院での医療を行うために、当教室の医局員が、3名(平成24年4月現在)赴任し、内科、整形外科、リハビリテーション科の診療を行っています。疾病、障害を持つ方全てがリハビリテーションの対象となるため、リハビリテーション科医師は様々な疾患に対応しなければならず、幅広い知識と技術が必要となります。当教室の理念である「全身を診る」Whole Bodyの観点から対応するためには多くの知識と技術が必要となり、内科、整形外科、リハビリテーション科といった診療科にこだわらず全身を診る必要がある医療過疎地での臨床経験は、若手医師の育成研修として非常に有用であるといえます。

 医療過疎地であるということは、リハビリテーションの分野においてもあるいは他の診療部門以上に適切な医療が受けにくい環境であるといえます。平成20年の研究所設立以降、同院には常に当教室の医師が2名から3名が常勤として勤務しています。また療法士についても毎年増員となり、理学療法士8名、作業療法士4名、言語聴覚士1名が勤務し(平成24年4月現在)、全入院患者の約8割に対して訓練を週5日行っております。 那智勝浦町立温泉病院を和歌山南部のリハビリテーション医療の中心を担えるようにこれからも臨床面、研究面での研鑽をつづけていきたいと考えます。